今週もお疲れ様でした、来週も頑張りましょう。

週末にぽつぽつ思ったことを書きます。

「非」合理主義

「合理主義」という言葉があります。

字義どおりには、「理に適うことばかりをやっていこうぜ」という考え方。

実際には、経済的な意味で理に適う行動、という意味合いで使われることの多い言葉です。

 

私はこの言葉に何かしら逆説的な印象を抱きます。

 

天体の運動しかり半導体回路の挙動しかり、

そもそも世の中のモノは、全部物理法則に従って

「合理的」にしか振る舞い得ないはずです。

そのような中、人間をはじめとしたある程度複雑な生物だけが

「非合理」な振る舞いをしています。

(少なくとも見かけ上非合理に思われます。)

 

この視点に立つと、「非合理に振る舞える」というのは

人間(およびその他の生物)だけが獲得した

ある種の「能力」なのではないかというように思えてくるのです。

例えば芸術活動は何の物質的利益も生じない、経済的に非合理な活動です。

しかし芸術は、GDPには現れない豊かさの源です。

「非合理性」というのは、「豊かさ」と何かとても深い関係を持つ概念に思われます。

もっと言えば、「自由」とは「理にかなわない行動を選択できる能力」のことではないでしょうか?

 

そんなことを思うと、

「非合理的に振る舞う能力」を獲得した人類が

あえて合理性を追求するというのは、

なんだか先祖返りをやっているような気がしてくるのです。

 

前の記事で

kindleを使ってみて改めて紙の本の良さに気付いたという話を書きましたが、

合理主義を突き詰める中で「非合理」の世界の価値が

相対的に照らし出されていくような流れが起こると

もっと面白い世界になっていくような気がします。

kindleと紙の本

今日はずいぶん天気が悪くて、

夕方には雷がバリバリ鳴っておりました。

とても外に出かけられるような様子ではなかったので、

お家でコーヒーを飲みながら本を読んでおりました。夏目漱石の『坊ちゃん』。

kindle上で購入した電子書籍です。

 

半年くらい前にkindleを買いまして、

なかなか便利で愛用しております。

とはいえ、紙の本には紙の本の良さも感じるので、

いまだに紙の本もよく買ったりします。

おそらくkindleをお使いの方の多くが

同じような使い方をされているのではないでしょうか。

 

電子書籍と紙の本を比較したときに、

電子書籍の長所として一番感じるのは、

何といっても場所を取らないというところ。

外に持ち歩くときは、まるで「本棚」を携帯しているような感覚です。

『坊ちゃん』も、夏目漱石全集を丸ごとkindleに入れて読んでおります。

(ちなみに青空文庫上のデータを再構成したような商品なので、

200円くらいで全集が買えてしまう。)

 

また、kindleは単なる電子書籍リーダーではなく

amazonを通して書籍をオンライン購入する機能も備えています。

「本」「本棚」だけでなく「本屋」としての役割も果たしているということですね。

データ化された書籍をワンタッチで購入してすぐ読めるというのは大変手軽で、

ちょっと面白そうな本を見かけるとついついポチっとしてしまいます。

(結果読み切れないほどの本を買いがち、、amazonにしてやられてますね 笑)

 

一方で、紙の本だとページをぱらぱらめくって

読みたいところだけを読むような読み方ができますが、

kindleを使い始めてパラパラめくりができなくなると、

それが予想外に不便であることに気づきました。

名言集とか哲学書みたいな本だと、

一部分だけを読み返したくなりがちなので

紙書籍の方が向いているなと感じます。

紙を束ねた書籍という形態は、

実はある種の長い文章を読むためのインターフェースとして

非常に優秀なんですね。

 

また、紙の本を本棚にたくさん並べると、

収集欲が満たされるような感覚があります。

紙の本が持つ様々な微妙な魅力を電子書籍が代替することは

どれだけ技術が進歩しても難しそうです。

 

kindleというのはよく「本」を近代化したものと捉えられがちですが、

こうやって考えてみると、実はこいつは

「本棚」「本屋」を便利な形に置き換える存在なのでしょうね。

書籍を読むインターフェースとしての機能や質感といった「本」としての側面では

紙の書籍に劣るけれども、

「携帯できる本棚」「家から買える本屋」として、革新的な利便性を備えた道具である、と。

 

今後も紙の本とkindleを並行して愛用していくことになりそうです。

ハンドスピナー、おもちゃのアイデア

今日街を歩いていたらね、

ハンドスピナー」なるおもちゃを店頭で売ってるお店があったんですよ。

UFOみたいな円盤が机の上に並べられてて、

シュヴィィィンっつって回転してるの。

 

そのときは、おもちゃの見た目も胡散臭いし、

店頭に立ってた赤Tシャツのお兄ちゃんの

「今話題の!ハンドスピナーですよ~」

という呼びかけも明らかに嘘くさかったので

横目に見つつ遠巻きにササッと通り過ぎたんですけど、

家に帰ってから調べてみて、もう口開けてビックリしちゃいましたわ。

 

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うわっ、amazonのおもちゃランキング上位独占やんけ。

疑ってごめんよ、赤Tシャツのお兄ちゃん…!

ワシの知らん間にこんなものが流行っておったのか、、、

 

このハンドスピナー

見た目からはどう遊ぶおもちゃなのか全然想像つきませんが、

どうやら指で中央の軸部分をつまむように持って、

車輪のようにひたすらくるくる回すのが基本らしい。

伝わりますかね??笑(youtubeにたくさん動画あります)

 

くるくる回すだけ…それだけ。はたして楽しいのか?

全く想像つかないのですが、不思議と暇つぶしになるとか。

 

なんだか気になるし、amazonで見てると値段も安い…

しっかし色んな無名メーカーから出てて胡散臭いな。

と思いつつ、やはり1個ポチってしまいました。

いつ届くかなあ。ワクワク。

 

調べてみると、

この類の手遊びおもちゃは英語圏ではFidget(finger+gadget)という

ジャンル名までついているらしい。

そんなよくワカラン ジャンルが成立しちゃってるのか…

恐るべし21世紀。

 

おもちゃって、無限プチプチとかコップのフチ子さんとか、

「よくこんなん思いついたな!?」って思う商品多いですよね。

ハンドスピナーも、こんなシンプルなものが流行るなんて、事前にはちょっと想像つかない。

おもちゃ業界はアイデアのジャングルですね。

 

でも、これだけ次々と新奇なものが生み出されて、

いつかヒット・アイデアがすっかり枯渇してしまう日って来ないんでしょうかね?

もちろんただただ変なものを生み出すことは無限にできるけど、

人々の心にヒットする商品の種類って、はたして無限に存在するのだろうか?

 

人の興味関心が無限に膨らんでいくのなら、

それを満たすモノの種類も無限に膨らんでいくのでしょう。

でも、人の興味関心が有限に留まるのなら、

いつか人があらゆるモノ・コトに飽きてしまう日が来るのかな、、

 

そうならないでほしいものです。