意識高い系、日本人の心理
「意識高い系」という言葉が生まれて久しい。
何かにチャレンジしようとしている人の足を引っ張るような言葉で、あまり好きじゃないけれど、
一方でいかにも身の丈に合わなそうな夢を標榜して、まずはMacBookで形から入ったりする人に滑稽さを感じてしまうのも事実だ。
なんで人は、「意識高い系」を見ると笑いたくなるように出来ているんだろう。
何となく、この心理は日本人的なものな気がする。アメリカ人とかはそういう笑い方はしなさそうだ。
自分よりダメだと思ってたやつが自分を押しのけてずんずんのし上がっていくのが怖いのだろうか。
でも、アメリカ人はそれが怖くないのだろうか。
日本人の多くは、チャレンジすることをハナから諦めているところがあるかもしれない。
そういう人にとって、「チャレンジする人」は恐怖だろう。だって、自分自身はちっとも前に進んでいないんだから、かなりの確率で追い抜かれることになる。
なんだかそんな気がしてきた。
「意識高い系」を笑いたくなるときは、多分自分がチャレンジしていないときだ。気をつけよう。